青木木米 (あおきもくべい)
青木木米(1767~1833)は、京都祇園の茶屋の長男として生まれる。幼い頃、池大雅に接した経験があったらしい。のちに木村蒹葭堂が所蔵していた「陶説」という中国の陶磁器の書物を読んで陶工を志す。画は独学だったようで、池大雅への追墓を款記に記すなで、大雅との関連性が強い。<聴濤図>や<兎道朝暾図>は奔放な筆致と、輪郭線や形態を超越した伸びやかな絵付けの筆致を彷彿とさせる。また、中国の明清画からの直接的な影響を感じさせる点も重要である。
青木木米(1767~1833)は、京都祇園の茶屋の長男として生まれる。幼い頃、池大雅に接した経験があったらしい。のちに木村蒹葭堂が所蔵していた「陶説」という中国の陶磁器の書物を読んで陶工を志す。画は独学だったようで、池大雅への追墓を款記に記すなで、大雅との関連性が強い。<聴濤図>や<兎道朝暾図>は奔放な筆致と、輪郭線や形態を超越した伸びやかな絵付けの筆致を彷彿とさせる。また、中国の明清画からの直接的な影響を感じさせる点も重要である。