田中一村
錦香囊

Tanaka Isson
Pomegranate

掛軸　絹本　21,5cm×18,5cm(総丈136cm×27cm) 共箱

作品の状態について

画面は良い状態です。
表装上下に少しシミがあります。
小さい作品ですが、一村の魅力を楽しむことができる作品です。

玳瑁㱿皺枝婀娜馬
牙硝骨綿敷裹霜
風擊破香錦囊鸚
鵡啄殘紅豆顆美人擎
在金盤腹錯認海螺斑
碌々滿口嘗含瓊液甘一堂
齒冷敲寒玉 莊布石榴歌
　　　戊辰莫春併錄米邨

※ 莊布「石榴歌」を収録する書にはそれぞれ若干の異同がある。「玳瑁殻皺」を「玳瑁殻皴」、「香錦囊」を｢錦香囊｣とするものが多く見られるため、訓読において訂正する。

(読み)
玳瑁の殻皴 枝 婀娜たり、馬牙の硝骨 綿 敷裹す。
霜風 撃ち破る錦香の囊、鸚鵡 啄(ついば)み残す紅豆の顆。
美人 擎(ささ)げて 金盤の腹に在り、錯(あやま)って海螺を認めて 斑碌々たり。
満口 嘗(つね)に含む瓊液の甘、一堂歯冷して 寒玉を敲(たた)くならん。

(大意)
玳瑁(ウミガメ)の甲羅のように粗くざらざらとした枝はしなやかに揺れなびき、馬牙の硝骨のように硬い果実の内側は綿でしっかり包まれている。
秋になると、霜風に晒されて熟した錦香の嚢(果実)が自然に裂けて、中から真っ赤な粒が現れる。そこへオウムが飛んできて嘴(くちばし)でつついて食べ残す。
美しい女性の持つ黄金の皿に盛られた石榴の果実は、海螺と見間違えるほど斑模様が美しい。
口の中は、いつも真っ赤な粒の甘さで満たされている。実の中にある果実は歯のような形をした清らかなもので、（石榴の袋からその果実を取り出す様は）それはまるで美しい玉をたたいて取り出すようなものであろう。

◯玳瑁　ウミガメ科のカメ。中形で、甲長約70センチメートル。背甲は鱗板が屋根瓦状に重なり、黄色と黒色の不規則な細斑がある。腹面は暗黄色。四肢はひれ状、遊泳に適する。熱帯・亜熱帯の海洋に分布し、海浜の砂の中に産卵する。黒潮にのって日本近海にも来る。背甲は「鼈甲(べっこう)」といい珍重し、各種の装飾品の製作に用いる。　◯婀娜(あだ)　しなやかに揺れなびくさま。　◯霜風　霜を置くような寒い風。　◯錦香囊　錦のように美しい香りのする袋。　◯金盤腹　「金盤」は黄金の盤、美しい盤。「腹」はものの中心部を意味する。　◯錯認　見間違う。思い違いをする。　◯海螺(つぶ)　貝の名。法螺貝。　◯碌々　玉石の美しいさま。　◯満口　口中に満ちていること。　◯瓊液　美しい玉のしる。　◯歯冷　「歯」は歯の形をしたもの。すなわち、ザクロの中の実を指す。また、「冷」は冷艶（れいえん：清楚で美しい様）、冷冽（れいれつ：つめたく爽やかなさま）の「冷」のことであると解釈すると、ここでは清らかなザクロの実を指すと考えられる。　◯寒玉　清涼な質の美しい玉。

【解説】
　昭和3年(1928)の晩春、すなわち一村19歳(数え年20歳)の時に描かれた石榴図です。大胆に画面右半分に余白を確保した構図が印象的です。果皮は紅味を帯びた深い赤色で黒斑があり、裂けた果皮の内側に真っ赤に熟れた粒が詰まっています。石榴はその特徴から「子孫繁栄」や「多子多産」の象徴とされる吉祥果です。
　賛には、中国・唐末の莊布「石榴歌」が記され、吉祥を寿ぐ内容となっています。莊布については不詳。落款に見える「米邨」は、7歳の時、彫刻家の父・田中稲村からもらった雅号で、昭和22年(1947)に「一村」へと改名します。印章には、朱文長方印「米邨」と朱文方印「田孝」が押印されています。
　青年時代の一村は、「海上派」と呼ばれる中国・上海書画壇の趙之謙や呉昌碩の影響を受けた作品を多く残しました。本作の一村自身が記した箱書を見て分かるように、呉昌碩の画風だけでなく書風も手中にしていた様子が見受けられます。(Ｙ)

作家について

田中一村（1908～1977）は、昭和の日本画家。栃木県の出身。本名は孝。別号に米邨。奄美大島に移住して奄美の植物や鳥などを多く描いた。

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