白隠慧鶴
大燈国師遺戒
Hakuin Ekaku
Calligraphy
掛軸 紙本 94cm×28cm(総丈172cm×32,5cm) 箱入
作品の状態について
画面、表装共に大変良い状態です。
70歳代の作品です。
老僧行脚後或寺門繁興多衆閙熱佛閣経巻鏤金銀
(或)誦経諷咒長坐不卧一食卯齋六時行導直饒雖恁(麼)去不以佛祖
不傳妙道掛在胸間自然撥無因果眞風墜地並是邪魔
種族也老僧去世久矣不許(称)兒孫或儻有一人野外綿蕝一把茆底折脚
鐺内煮野菜根喫過日專一究明己叓与老僧日々相見報恩底人也誰敢
(軽忽哉)勉旃々々 建武二年十一月日宗峯叟妙超書于看雲亭下
(読み)
老僧行脚の後、或いは寺門繁興、多衆閙熱、仏閣経巻、金銀を鏤(ちりば)め、或いは誦経諷呪、長坐不臥、一食卯斎、六時行導。直饒(たと)い恁麼にし去ると雖も、仏祖不伝の妙道を以て胸間に掛在せずんば、 自然と因果を撥無し、真風 地に墜つ。並(み)な是れ邪魔の種族なり。老僧、世を去ること久しくとも、児孫と称することを許さじ。或いは儻(も)し一人有って、野外に綿蕝し、一把茆底、折脚鐺内、野菜根を煮て喫して日を過ごし、専一に己事を究明せば、老僧と日々相見、報恩底の人なり。誰か敢えて軽忽せんや。勉旃々々。
建武二年十一月日、宗峯叟妙超、看雲亭下に于(お)いて書す。
(口語訳)
私(興禅大燈国師)が死んだ後、寺が栄えて、仏閣やお経にも金銀が散りばめられ、多数の修行僧が集まり賑わうかもしれない。或いは、盛んに読経し、長時間横にならないで坐禅したり、食事を午前中の一食にしたり、一日中勤行したり、型の如く整然と修行したりするかもしれない。しかし、このようにしたとしても、仏祖直伝の言葉には表すことの出来ない禅の妙道が心にしっかりと刻まれていなければ、因果の理法が否定され、禅の真風が地に落ちてしまうだろう。このような人達は悪魔の種族と言うほかない。私が死んでずっと時が経ったとしても、私の児孫と名乗ることを許さないだろう。しかし、もし一人であっても野外で人家から離れた所で小さな荒屋に住んで、破れ鍋に野菜根を煮て食べて毎日過ごすような貧乏生活をしていても、「己事究明」の禅に専念する者は、私と毎日顔を合わせているのだ。そのような人は仏道に報いる真の仏弟子である。そのような人を誰が敢えて軽んずるようなことがあるだろうか。努めなさい、努めなさい。
白隠が尊崇する大燈国師の「大燈国師遺誡」を淡墨で揮毫した作品です。若干の異同があります。落款印に「白隠」「慧鶴」、関防印に「顧鑑咦」が捺されています。「顧鑑咦」(こかんい)は、雲門が学人を試みた言葉に基づきます。雲門が常に修行者を顧みて「鑑咦」と言ったことから、「顧鑑咦」という語ができました。
「大燈国師遺誡」は、建武2年(1335)に大徳寺開山の大燈国師宗峰妙超(1282-1338)が発表したものです。「大燈禅」の本質が端的にまとめられ、全国各地の臨済宗専門道場で綿々と読誦され続けています。建武2年という年は、大燈国師が54歳を迎え、最も円熟した時期と言われています。(Y)
作家について
白隠慧鶴(1685~1768)は、日本臨済禅中興の祖と称される重要な禅僧。
駿河に生まれた。15歳で出家、臨済宗の禅僧となる。各地を巡歴して修行を積み、33歳で郷里の松陰寺に帰り、住職なる。本格的に書画を手が...
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