円山応挙 (まるやまおうきょ)
円山応挙(1733~1795)は、18世紀後半の京都にあって日本絵画の新しい基本形を創り上げた。
20代の頃まで玩具や人形などを扱う尾張屋で働きながら画作に携わった。30代には、円満院門主祐常との交流の中で数々の実験的制作を試みた。
1768年の<七難七福図巻>では、仏典の説く人の世の諸相を可能な限り迫真的に表そうとしている。絵画がどれだけリアリズムを追及できるかを課題に挑んだ作品である。
また、透明感のある画風も確立したほか剛健な墨の描写も確立していく。
円山応挙の年譜、基準作品、パトロン、参考文献
◯年譜
享保18年(1733) 癸丑 1歳 5月1日、丹波国桑田郡穴太村(現京都府亀岡市曽我部町穴太)に丸山藤左衞門の次男として生まれる。幼少の頃、一時郷里の金剛寺に入る。
延享4年(1747) 丁卯 15歳 11、12歳頃に京都に出たという。
四条新町東入の呉服屋・岩城に奉公し、のち四条富小路西入町の玩具商・尾張屋中島勘兵衛の世話になったと伝わる。
寛延2年(1749) 己巳 17歳 この頃、狩野派の画家・石田幽汀の門に入り、本格的に絵の勉強を始める。(一説に15歳とも)
宝暦5年(1755) 乙亥 23歳 この頃、一嘯の署名を用いる。
宝暦9年(1759) 己卯 27歳 この頃、尾張屋勘兵衛の店にて眼鏡絵を描くという。
この頃、夏雲・主水の署名を用いる。
眼鏡絵「祇園祭山鉾図」「葵祭図」「賀茂競馬図」「四条河原夕涼図」「三十三間堂通し矢図」他
明和2年(1765) 乙酉 33歳 この頃から仙嶺の署名を使用する。
円満院祐常門主との関係がはじまる。「七難七福図巻」
明和3年(1766) 丙戌 34歳 この頃、署名を応挙と改める。
明和5年(1768) 戊子 36歳 「七難七福図巻」(重要文化財)この年の年紀落款あり。
明和7年(1770) 庚寅 38歳 「写生図巻」(重要文化財)、この年から安永元年までの年紀が見られる。
「人物正写惣本」(天理大学附属天理図書館)
明和8年(1771) 辛卯 39歳 「牡丹孔雀図」(重要文化財)
安永元年(1772) 壬辰 40歳 この頃から三井家との関係が始まると伝わる。
安永2年(1773) 癸巳 41歳 円満院祐常門主没。
「雲龍図屏風」(重要文化財)
安永5年(1776) 丙申 44歳 「雨竹風竹図屏風」(重要文化財・円光寺)、「藤花図屏風」(重要文化財・根津美術館)
天明元年(1781) 辛丑 49歳 光格天皇の即位大礼のため「牡丹孔雀図屏風」を描く。
この頃から源姓を名のると伝わる。
天明3年(1783) 癸卯 51歳 三井高美の一周忌に「水仙図」(三井文庫)を描く。
天明4年(1784) 甲辰 52歳 「老松図壁貼付」、「老梅図襖」、「芦雁図襖」等を描く。(愛知県明眼院、現東京国立博物館応挙館)
天明5年(1785) 乙巳 53歳 紀州草堂寺に「雪梅図襖・壁貼付・床貼付」(重要文化財)を描く。
「雪松図屏風」(国宝・三井文庫)この年か。
天明7年(1787) 丁未 55歳 「遊鶴図襖・床貼付・障子腰貼付」(重要文化財)、「涙上群仙図襖・壁貼付」(重要文化財)を金刀比羅宮に描く。
この頃、妙法院真仁法親王と盛んに交流する。
天明8年(1788) 戊申 56歳 天明の大火にあい、五条鴨川東の喜雲院に呉春と同居する。
「群仙図襖・壁貼付・床貼付」(重要文化財)、「山水図襖・壁貼付・床貼付」(重要文化財)、「波濤図襖」(重要文化財)を郷里亀岡の金剛寺に描く。
寛政元年(1789) 己酉 57歳 「龍門鯉魚図」(大乗寺)
寛政2年(1790) 庚戌 58歳 寛政度御所造営が行われ、応挙一門を率いて障壁画制作に力を注ぐ。
寛政4年(1792) 壬子 60歳 「郭子儀図」(駿河植松家、現東京国立博物館)
寛政6年(1794) 甲寅 62歳 「瀑布及山水図床貼付・襖・壁貼付・障子腰貼付」(重要文化財)、「竹林七賢図襖・障子腰貼付」(重要文化財)を金刀比羅宮表書院に描く。
寛政7年(1795) 乙卯 63歳 「松に孔雀図襖」(重要文化財)、「鐘馗図」を大乗寺に描く。
「保津川図屏風」(重要文化財)
7月17日に没す。四条大宮西入悟真寺(現在太秦)に葬る。
法名円誉無三一居士、墓碑銘は妙法院宮真仁法親王の筆による。
〇基準作品について
基準作品とは、注文主が分かり、描かれた年月が分かり、真筆であるという事に揺るぎのない作品などをさします。
円山応挙の作品の評価や価格は、基準作品と描き込みの差を比較することで決まります。なお、作品を比較する場合は、同じ年代に描かれた基準作品と比べること等が重要です。
〇円山応挙の基準作品一覧
圓一嘯落款
魚藍観音図 京都国立博物館
夏雲落款
猛虎図 (應擧名画譜所載S11.12.28)
仙嶺落款
猛虎図 東京国立博物館
仙嶺落款
破墨山水図 三井文庫 明和乙酉2年(1765年)
仲選落款
蔦鴨図 藤田美術館 明和丙戊3年(1766年)
雲龍図 六曲屏風 個人蔵 安永癸已2年(1773年)
牡丹孔雀図 宮内庁三の丸尚蔵館 安永丙申5年(1776年)
雨竹風竹図 圓光寺 安永丙申5年(1776年)
雲龍図 三井文庫 天明甲辰4年(1784年)
双鶴図 東京国立博物館(植松家旧蔵品) 天明丙午6年(1786年)
虎嘯生風図 東京国立博物館(植松家旧蔵品) 天明丙午6年(1786年)
王義之龍虎図 三幅対 大乗寺 天明丁末7年(1787年)
青楓瀑布図 サントリー美術館 天明丁末7年(1787年)
国宝 雪松図 六曲屏風 三井文庫 天明期
龍門鯉魚図 大乗寺 寛政己酉元年(1789年)
郭子儀携小童図 東京国立博物館(植松家旧蔵品) 寛政壬子4年(1792年)
山水図 四面 東京国立博物館(植松家旧蔵品) 寛政甲寅6年(1794年)
龍唫起雲図 東京国立博物館(植松家旧蔵品) 寛政甲寅6年(1794年)
鍾馗図 大乗寺 寛政乙卯7年(1795年)
〇円山応挙のパトロン 植松家
富士の絶景を望む宿場の一つである原宿。
東海道に面したその場所に、当時日本で最も美しい庭園の一つとされていた「帯笑園」を所有する植松家が住んでいました。
植松家は江戸時代初め頃に原に住み、米や塩などを商う素封家として広大な敷地を手に入れました。
そして、植松家六代目とその息子の七代目が、当時の京で絶大な人気を博した円山応挙のパトロンとなりました。
植松家に残された円山応挙からの手紙には、植松家が応挙を原宿に来るように誘い、自慢の富士山を見せたいと何度も誘っています。しかしその願いは叶わず、おそらく応挙は生涯を通じて富士山を実見する事は無かったと伝えられています。
植松家七代目は描くことを好み、天明六年には京を訪れ、応挙の門人となり「応令」の号をもらっています。
応挙が没した際には、応挙の息子・応瑞から植松家宛に手紙が送られています。
植松家に残された応挙作品や、他の作家の作品の多くは、現在東京国立博物館の所蔵となっています。
〇植松家の主な旧蔵作品
双鶴図 (東京国立博物館)
応挙について画を学んでいた植松応令が、家督を継ぐ為いったん帰郷する際に応挙から贈られた作品
虎嘯生風図 (東京国立博物館)
郭子儀携子童図 (東京国立博物館)
応挙の傍らにあった郭子儀図を見つけた植松応令が、同じものを依頼し描いてもらった作品と伝える箱書がある。
龍唫起雲図 (東京国立博物館)
〇円山応挙のパトロン 三井家
近世後期では、新興の町人が繁栄を見せ円山応挙もその援助を受けて多くの作品を制作しました。
三井家もその一つで、初代三井高利以来、代々京都を拠点として事業を展開し莫大な富を築き上げました。
円山応挙は、この当代屈指の豪商三井家の強力な援助を受け、京都画壇不動の地位まで上り詰めました。
金毘羅宮に膨大な数の襖絵を描いた際も、北家九代三井八郎兵衛高清の資金援助を受けています。
北家四代高美とは特に親交が深く、高美の姿を描いた「夕涼み図」や高美の一周忌の為に描かれた「水仙図」などが残されています。
現在国宝に指定されている「雪松図」も三井家の為に描いています。
その他、応挙並びに円山派の作品や資料関係が多く残されている事からも、三井家が応挙のパトロン的存在となっていた事がわかります。
〇円山応挙が三井家の為に描いた主な作品
「破墨山水図」一幅 仙嶺落款
「紅梅鶴図」二面 安永期
「山水図」六曲一双 安永二年
「郭子儀祝賀図」一幅 安永四年
「芭蕉図」二面 天明期
「国宝 雪松図」六曲一双 天明期
「雲龍図」一幅 天明四年
「三井家南家伝来資料」(現 京都国立博物館)
◯参考になる文献
円山応挙研究 中央公論美術出版 1996年
(図版は売立目録の画像を掲載している為、あまり参考になりませんが、落款、印章が年代順に掲載されています。)
円山応挙画集 京都新聞社 1999年
(図版も豊富で落款、印章も年代順に掲載されています。)
当店での取扱い作品
福禄寿
Juro-jin
月夜嵐山図
Arashiyama at night
寒月千鳥図
Birds flying under the moon
雄鶏愛雛図
chicken
布袋図
Hotei
鯉之図
carp
李白図
Rihaku
一行書
Calligraphy
漁夫図
Fisherman
大原女之図
Ooharame
鴨鷺 双幅
ducks and heron
寒山拾得図
Kanzan Jittoku
寿星図
Jyurojin
双馬図
Horses
親子亀図
turtle
稲穂鶴図
Inaho and Crane
㓛竹狗子図
puppies
鶴図
Crane
山水図
Landscape
神農図
Shennong
月宮殿図
Gekkyu-den
達磨図
Daruma
早春山水図
Landscape
瀑布図
waterfall
籠菊図
chrysanthemum
寒菊之図
chrysanthemum
馬人物図
Figure
白梅豆鳥図
White plum and Bird