白隠慧鶴
柿本人麿

Hakuin Ekaku
Hitomaro

掛軸 紙本 37,5cm×56,2cm(総丈135cm×58,2cm) 二重箱入

作品の状態について

画面、表装ともに良い状態です。
表装締め直しを致しました。

【文字絵】
(読み)
ほのぼのと明石の浦の朝霧に島かくれゆく舟をしぞ思ふ
(口語訳)
ほのかに明け始めた明石の浦の朝霧の中に、島陰に隠れつつ遠ざかって行く舟の姿を、しみじみとした思いで眺めているよ。
→(仏教的解釈)＝曖昧模糊とした霧の明石を彷徨いゆく舟の姿は、さながら苦海を流転する衆生のようなものであり、それを済度しよう。

【賛】
①
(読み)
焼亡は かきの本まで 来たれども あかしと云へば 爰に火とまる
(口語訳)
火の勢いが垣根までせまってきたが、人麻呂のあかしの歌を念じたら、そこでとまってしまった。

②
歌道明神何化身
是非菩薩佛歟神
到今明石浦朝霧
有嶋有船無其人

(読み)
歌道の明神 何の化身ぞ、是れ菩薩にあらざれば 仏か神か。
今に到り明石の浦の朝霧に、嶋有り船有るも 其の人無し。
(口語訳)
人丸明神は実は、観音菩薩の化身である。今もなお、人丸の時代と変わらず、渡り行くべき島が見えるのに朝霧に碍えられて行けそうにない。乗るべき船もあるのに｢其の人｣の姿はみえない。

　｢人丸｣とも称される柿本人麻呂は、｢ひとまる｣という名の読みが｢火止まる｣や｢人産まる｣｢懐妊(ひどまる)｣を連想させることから、火除け・安産の神として庶民に信仰されてきました。
　本作は、画面中央に｢ほのぼのと·····｣という和歌の文字で人丸を描き、その左右に賛(七言詩と歌)を記した｢人丸像｣です。このように文字を用いて描かれた戯画のことを文字絵といい、私たちがよく知るものに｢へのへのもへじ｣があります。白隠が文字絵で描いた画は、｢人丸像｣のほかに｢渡唐天神図｣があります。
　｢ほのぼのと·····｣の歌は、人丸の作として最も人口に膾炙している歌です。御伽草子『小町草紙』では、この歌を仏教的に解釈しています。「明石の浦」を「衆生の迷いの心」、「島隠れ行く」とは「三界流転の心」、「舟をしぞ思う」とは「大慈大悲の、あわれみ給う心」といい、大慈悲のこころを詠ったものだという解釈です。白隠もまた、この歌を仏教的に捉えています。
　｢焼亡は·····｣の歌は、妙心寺初期の異僧である般若坊の歌に拠ります。
　｢歌道明神何化身·····｣の賛詩は、『小町草紙』に言うところと、ほぼ同じことを白隠は言っており、｢其人｣の二字に白隠の禅的メッセージが込められています。芳澤勝弘氏は｢其人｣について、『季刊 禅文化 188号』｢白隠の文字絵｣(禅文化研究所、2003年)の中で、｢其の人とは、主人公である、白隠の言葉でいえば主心であるし、本来の面目坊といってもよい。朝霧に煙った曖昧模糊たる中を島隠れしつつゆく舟、そこのところに、一大真理があるのだが、そこを見て取る者は、なかなかおらない。そこのところに、禅の唯一の目的である、心の所在が顕れておる、それを見届けよ、といいたいのである。｣と述べています。また、この賛詩は白隠の著作や語録には見えないため、これが付されていることによって、白隠が｢人丸像｣を描いた意図を測り知ることができます。この賛詩を記した作品は、先に長沢本｢人丸像｣の一点のみ確認されていますが、本作も貴重な資料の一つと言えます。 (Ｙ)

作家について

白隠慧鶴（1685～1768）は、日本臨済禅中興の祖と称される重要な禅僧。
駿河に生まれた。15歳で出家、臨済宗の禅僧となる。各地を巡歴して修行を積み、33歳で郷里の松陰寺に帰り、住職なる。本格的に書画を手が...

販売と買取（鑑定・査定）について

当店では白隠慧鶴などの書画・掛け軸を販売および買取（鑑定・査定）しています。詳しくは下記の各バナーをクリックしてください。