白隠慧鶴
大乗寺碧巌録評唱語

Hakuin Ekaku
Calligraphy

掛軸 紙本 49,5cm×65cm(総丈158cm×79cm) 箱入 「白隠禅画墨蹟」二玄社所載品

作品の状態について

画面、表装共に良い状態です。

　老僧三四十年来評唱
　碧岩録者大凡十二次尋常疑著
　此一件久矣近来對予菴居舊
　參諸士盡言碧岩中有一段嶮處
　汝輩盡精彩點檢得出来既
　十年強一箇無摸索著今歳
　寶暦壬午春應菴原大乘
　玄室座元請講碧岩集残
　講既到九十六則杪春二十
　五蓂清曉夢中卒於北神前
　書一偈覺来不覚抱腸大笑
常怪碧巌百則中削眞佛坐屋裡語
試問圓竇二尊宿趙州老人有何過
　傍僧曰實五百年間出之美談也
　且如圓竇二尊宿者絶代龍門
　也豈有者般落節哉妙喜一火
　之後々人添削者乎

(読み)
老僧、三四十年来、碧岩録を評唱する者、大凡(およ)そ十二次。尋常(よのつね)、此の一件を疑著すること久し。近来、予が庵居の旧参の諸士に対して尽(ことごと)く言う、「碧岩中に一段の険処有り。汝が輩、精彩を尽くして点検得出し来たれ」と。既に十年強、一箇も摸索著する無し。今歳、宝暦壬午の春、庵原大乗玄室座元の請に応じて、碧岩集の残講を講ずる。既に九十六則に到る。杪春二十五蓂の清暁、夢中 卒(つい)に北の神前に於いて一偈を書す。覚め来たって覚えず腸を抱えて大笑す。
常に怪しむ、碧巌百則の中、真仏 屋裡に坐するの語を削れることを。
円竇の二尊宿に試みに問う、趙州老人 何の過(とが)か有る。
傍僧曰く、「実に五百年間出の美談なり。且つ円竇の二尊宿の如きは、絶代の龍門なり。豈に者般の落節有らんや。妙喜の一火の後、後人の添削する者ならんか｣と。

○庵原大乗玄室座元　高部山大乗寺の第五世玄室宗実。　○講碧岩集残講　『碧巌録』を講じ始めたのは寛延3年(1750)、白隠66歳の時、すなわち12年前。　○杪春二十五蓂　3月25日。　○碧巌百則中削真仏坐屋裡語　『碧巌録』第96則に、｢趙州示衆三転語｣とある。趙州の三転語とは、｢泥仏不渡水｣｢金仏不渡鈩｣｢木仏不渡火｣。趙州はこの三転語を言ったのちに、｢真仏坐屋裏語｣と言っている。先の三転語は｢真仏坐屋裏語｣を言わんがための前提であろうが、『碧巌録』ではこの語が取り上げられていない。　○圓竇　圜悟克勤(1063－1135)と雪竇重顕(980－1052)のこと。『碧巌録』は、雪竇重顕が古則公案から百則を選び偈頌を付した｢頌古百則｣に、圜悟克勤が示衆・著語・評唱を加えたもの。　○落節　白隠は契悟の意味で用いることもある。　○妙喜一火　大慧宗杲が『碧巌録』を焼いたこと。　

(口語訳)
　この3、40年間に12回ほど『碧巌録』を提唱してきたが、いつも疑問に思うことが一件あった。先頃も、松蔭寺に参集している諸君に対して、｢『碧巌録』中に一段の険処がある。そこを検出し来たれ｣と言ったのだが、もう10年余りになるのに、一人も捜し出す者はなかった。
　いま宝暦12年(1762)の春、庵原大乗寺の玄室和尚の請に応じて、『碧巌録』の残講を行い、既に九十六則に到った。3月25日、北野神前で一偈を書く夢を見た。明け方に夢から覚め、(長年の疑問が解決していたので)腹を抱えて大笑いしたのである。(そこで一偈を作った。)
　『碧巌録』百則の中に｢真仏 屋裡に坐す｣の語が入っていないことは、一体どういうわけか、と常に疑問に思って来た。圜悟、雪竇の二尊宿にお尋ねしてみたいものだ、一体、趙州老人に何の過ちがあって、この語を採用しなかったのかと。
　(このことを話したところ)一僧がいう、｢そのことに気付かれたのは、まことに500年間出の美談というものです。しかし、圜悟禅師や雪竇禅師がうっかりすることはありえません。きっと大慧禅師が『碧巌録』を焼いたのち再編集する時に後人が削ったものでしょう｣。

　本作中に｢今歳宝暦壬午春｣と記されていることから、白隠78歳の作です。竹内尚次『白隠』(筑摩書房、1964年)、花園大学国際禅学研究所『白隠禅画墨蹟』墨蹟篇(二玄社、2009年)に収載され、清水の府川荘四郎氏の旧蔵品だと分かります。
　書かれている内容は、庵原大乗寺の玄室座元の請によって『碧巌録』を講じた際の評唱(法語)であり、白隠の『碧巌録』に対する見解が知られます。評唱とは、古人の説を品評し、提唱(教えの根本を提示して説法すること。)することを指します。また、白隠の漢文語録である『荊叢毒蘂』拾遺に収まる｢毒爪牙｣の冒頭部分とほぼ同じ内容です。(Ｙ)

作家について

白隠慧鶴（1685～1768）は、日本臨済禅中興の祖と称される重要な禅僧。
駿河に生まれた。15歳で出家、臨済宗の禅僧となる。各地を巡歴して修行を積み、33歳で郷里の松陰寺に帰り、住職なる。本格的に書画を手が...

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