月岡芳年 (つきおかよしとし)
月岡芳年(1839-1891)は、東京に生まれた幕末-明治初期の日本画家。本姓は吉岡。通称は米次郎。別号に一魁斎、玉桜楼、大蘇など。浮世絵師・月岡雪斎の養子となり名跡を継ぐ。はじめ歌川国芳に師事し、歴史画を描いた菊池容斎にも私淑した。同門の落合芳幾と合作した「英名二十八衆句」の残酷絵で名をあげ、「血みどろ絵師」として知られるようになった。歴史画・武者絵・美人画・風俗画などを多様な画風で描き、新聞の挿絵なども手掛けた。 「月百姿」「風俗三十二相」等の作品がある。水野年方、山中古洞など多くの弟子がいる。