青木夙夜 (あおきしゅくや)
青木夙夜(1802歿)は、京都に生まれる。従兄弟の韓天寿の紹介で池大雅の門に入ったのであろうが、大雅の膝下にあって、もっとも師と親しく交わり、師風を濃く受け継いだ一人である。大雅の妻・玉瀾の没後、大雅社中の協力で大雅堂が真葛ヶ原の一角に建立されると、その堂守として大雅堂の管理にあたり、門を閉ざしてあまりひとにも合わず、運筆、模写、鑑定の毎日をすごしていた。
青木夙夜(1802歿)は、京都に生まれる。従兄弟の韓天寿の紹介で池大雅の門に入ったのであろうが、大雅の膝下にあって、もっとも師と親しく交わり、師風を濃く受け継いだ一人である。大雅の妻・玉瀾の没後、大雅社中の協力で大雅堂が真葛ヶ原の一角に建立されると、その堂守として大雅堂の管理にあたり、門を閉ざしてあまりひとにも合わず、運筆、模写、鑑定の毎日をすごしていた。