大岡春卜 (おおおかしゅんぼく)
大岡春卜(1680~1763)は、大阪の人。絵は、狩野派の筆法や中国絵画などを独学したと思われる。墓碑銘から、正徳年間に大覚寺門主性応の知遇を得たことが知られ、元文4年には、大覚寺門主寛深の家臣として召し抱えられている。享保5年以前に法橋、同20年には法眼に叙された。「画巧潜覧」「和漢名画苑」など多くの画譜を出版したが、和漢の名画だけでなく、同時代の画家の作品や鳥羽絵を収めたものもある。和歌をはじめとした諸芸に通じ、大阪の文人たちとも交流した。
大岡春卜(1680~1763)は、大阪の人。絵は、狩野派の筆法や中国絵画などを独学したと思われる。墓碑銘から、正徳年間に大覚寺門主性応の知遇を得たことが知られ、元文4年には、大覚寺門主寛深の家臣として召し抱えられている。享保5年以前に法橋、同20年には法眼に叙された。「画巧潜覧」「和漢名画苑」など多くの画譜を出版したが、和漢の名画だけでなく、同時代の画家の作品や鳥羽絵を収めたものもある。和歌をはじめとした諸芸に通じ、大阪の文人たちとも交流した。