熊谷守一 (くまがいもりかず)
熊谷守一(1880-1977)は、岐阜県に生まれた洋画家。水墨画や書も得意とした。東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業。文展、仁科会で活躍し、戦後は二紀会創立に携わる。晩年は無所属となり、色や形を単純化した自由な制作を続け、「画壇の仙人」と呼ばれた。また、文化勲章の叙勲を辞退している。「蝋燭」「陽の死んだ日」等の作品や、「へたも絵のうち」等の著作がある。
熊谷守一(1880-1977)は、岐阜県に生まれた洋画家。水墨画や書も得意とした。東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業。文展、仁科会で活躍し、戦後は二紀会創立に携わる。晩年は無所属となり、色や形を単純化した自由な制作を続け、「画壇の仙人」と呼ばれた。また、文化勲章の叙勲を辞退している。「蝋燭」「陽の死んだ日」等の作品や、「へたも絵のうち」等の著作がある。