From the Heian period to Modern Times 2022
平安から現代まで2022
2022.04.23-2022.05.01
ごあいさつ
松本松栄堂 東京オフィスにて「平安時代から現代まで」展を開催させていただきます。今回は平安時代から現代までの作品を10点展示致します。
点数は少ないですが、各時代の優品を揃えました。
日本美術の歴史を少しでも感じていただければ幸いです。
会期:4月23日(土)- 5月1日(日) 会期中無休
会場:松本松栄堂 東京オフィス
小原御幸記のこと
(大東文化大学 高橋利郎)
嵯峨本の刊行は慶長期に集中している。『伊勢物語』や『徒然草』、各種の謡などが、花鳥や草花の文様を雲母で大ぶりに摺り出した美麗な冊子本にまとめられている。文字は精巧な木活で、詩歌巻を書くときの光悦の書きぶりに近い。これらは、光悦と豪商・角倉素庵、さらには観世黒雪ら能役者たちとの関係のなかで成立した書籍であるといわれている。大胆な料紙装飾に呼応する、穂先の開閉と肥痩を巧みに変化させる書風は、桃山江戸初期の華やかな造形の代表格、いわばハレの表現ということができるだろう。
料紙装飾もさることながら、紙そのものの加工も丁寧に施されている。十分に打紙加工され、さらにまんべんなくドウサ引きされたものだろう。たらし込みの墨だまりや版の摺りむらは、緊密な熟紙加工の上に成り立っている。本阿弥流の幅のある線に、毛筆特有の刷毛目が残るのも同じ理由からである。嵯峨本や光悦の詩歌巻は、平安古筆の濃やかな表現に端を発して、新たな文化の担い手が生んだ、時代を象徴する仕事である。宗達の手がけた歌仙絵ももちろんこの系譜にある。
こうした本阿弥流の書風は、素庵や観世黒雪、さらにはその弟子の石田友雪らのあいだで共有され、烏丸光廣のような公卿にも浸透した。この書風を身につけ、いわゆる宗達下絵の料紙への揮毫が許される者こそ、この時代の茶の湯や能をめぐる町衆文化の頂点にあったもののようにみえる。
一方で光悦のもう一つの魅力といえば、書状に見る末枯れた姿だろう。ふわりとした質感の残る素紙に草卒に書きつけられた文字は、ひとつひとつに重量が備わっている。紙の繊維に墨の染みこんでいく時間が、そのまま質量になっているようである。謡や詩歌の写本として制作する豪華な調度手本と、場面ごとに異なる内容を記す書状とでは、そこに書きつける「ことば」に対する姿勢が異なるのであろう。光悦自身の発することばが筆の進度となって、料紙に滲み込んでいく。詩歌巻と対照的なその寂びた様もまた、戦乱の世を過ごした光悦の内面を映し出す。
「小原御幸記」は『平家物語』の最後に附された「平家灌頂巻」に収められる、「大原御幸」の後半部分を書写した長巻である。大原を小原と記すことはしばしばである。ここには、奇しくも生きながらえて、平家一族の菩提を弔うために寂光院に出家した清盛の次女、建礼門院徳子の晩年が描かれている。物語全体を回顧する部分で、大原を訪れた後白河法皇に女院は平家の最期を物語る。
庵室には御手に五色の糸が結ばれた阿弥陀如来と観音至勢の三尊像が安置されている。普賢菩薩の図像、種々の経文などもそこかしこに配され、ひたすらに仏前に向かう女院の日常が偲ばれた。しばらくすると墨染めの衣を身につけた女院が戻り、二人は涙を流して途方に暮れる。この「小原御幸記」には、匂い立つ都を離れ、ひっそりと閑もる大原の地に暮す女院の姿が訥々と綴られている。
素紙に漢字片仮名交じりで、漢字をやや大きく、仮名は右寄せにする。淡々と書いているようにも見えるが、思いのほか一文字ずつ慎重に、字間行間にも意を用いながら筆を進めている。光悦は時に片仮名交じりの書状を手がけていることから、これもまた書状かと見紛うような趣である。巻末に「等泊老」という宛所が見えるのも書状に近い印象をもたらすのだろう。年紀と宛所を記す例は多くの嵯峨本に共通することから、この「小原御幸記」も謳本の様式を意識しながら制作されたものだろう。「大原御幸」に描写される哀傷の様相を、光悦は素紙と楚々とした書きぶりで表わしたのである。
ところで、この巻子本と極めて近い趣の写本の存在を確認することができる(五島美術館『光悦 桃山の古典』no.64)。行の配置も文字の使い方もほぼ同一で、「慶長第八正月十四日」という年紀も同じ。書きぶりも共通していて、おそらく書写年代も近い。慶長八年は光悦四十六歳。両巻ともに、この時期よりも後の書きぶりのように見受けられる。年紀が書写の時期を示すものか、年紀を含めて後年に書写したものか、あるいは光悦の書風の変遷についてもう一段の検討を加えるべきか、これらについてはさらなる追究が必要だろう。
この写本の年紀よりも二年遅れた慶長十年の年紀に観世黒雪の署名がある「大原御幸」(国立能楽堂蔵)も伝来している。色変わりの雲母摺り料紙に本阿弥流で書写された鮮やかな写本である。これと新たに出現した「小原御幸記」との関係をにわかには明らかにしがたい。しかし、尽善尽美の華やかな世界と、都市の喧噪から離れた鷹峯の静寂とを往還した光悦の心情的な振幅が、これらの作から汲み取れるようにも思うのである。
会場
松本松栄堂 東京オフィス
〒103-0027
東京都中央区日本橋3丁目8-7 坂本ビル3F
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